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7回忌

お休みするとは言ったものの・・ひとつだけ。

今日は母の命日。7回忌です。

石巻のお寺はまだまだ法要どころじゃなく
夏が過ぎないと目処が立たないとのことなので
大事な節目だけど、やむを得ず今回は中止。
弟がお寺に出向いて塔婆供養だけしてもらいました。



震災後、誰も行けてなかった霊園へ先月、行きました。
他のお墓が倒れたり動いたりしてた中、
母のお墓は不思議とびくともしてなくて・・。
そんな母が、父や祖母を守ったとか言う人もいるけどね。



母はいま、石巻や、父の様子を見て、
なにを思ってるんだろうなと・・そんなことを考えました。
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タフさ

週末、祖母に会ってきました。

もともとタフな人だとは知っていたけど
あそこまで強いなんて・・と改めて驚かされっぱなしで。
自然体で元気だったので安心しました。

しばらく石巻には帰れないので、
厚木のデイサービスに通い出してるらしいんだけど
早速、ムードメーカーになりつつある様子で。
田舎もんだからって負けてられっか、なんて気持ちも手伝ってか
かなりアクティブ?にやってるみたいです。
ものすごい適応力だ。

帰省した時に会ってたのとはまた、違った一面を見た気がしました。
このタフさは一体、どこからくるのか・・
私の母にはこのタフさや楽観的な部分はなかったはず。
でも・・間違いなく、私にもその血は流れてるはずで。

ほんとかな。
どこにあるんだろう、そんなの。
(使い果たしてたりして?)



さて。
私は冬眠(?)&充電に入りますので、
ブログ、しばらくお休みします。

よく降りますねぇ・・・
3日間、止んでない。
湿度も高いので蒸し暑いです。


週末は、震災後、厚木の叔父宅に非難してる祖母に
会いにいってきます。
祖母もいくつかの偶然が重なって助かったものの
安心して住める場所がないので、
体を心配した叔父が早々に厚木に連れて行ったのです。

家を離れて、なかなか孫やひ孫たちには会えないだろうからね。
ここは出番かなと。


天気、よくなりますように。

5月限定?

・・というのは私のアレルギー。
黄砂か花粉かは未だ不明。

たぶん3年目?なんだけど今年はけっこうしんどい。


鼻はそこまで酷くないんだけど
目がねぇ・・・もう、かゆくてかゆくて。
予め、貰っておいた目薬がまぁまぁ効いてくれてる気もするけど。
やっぱ一番弱いところがやられてしまうんだろうか。

あと、今年は初めてダルさとか頭痛がわかった気がする。

気にしても仕方ないから適当にやり過ごしてるけど。
しばらくの辛抱だなぁ。

安住の地

この連休中、嬉しいことがありました。

石巻の父の部屋に仮住まいされてたご家族の
仮設住宅への入居が決まったのです。

まだまだ仮設の建設が追いつかない中で、
本来の当選者のキャンセルによって得た住まいとのことでした。

父の部屋・・・一時的な避難場所とはいえ、
見ず知らずの他人の部屋に居るのはきっと、落ち着かなかったと思う。



今回出逢ったこのご家族・・ご夫妻と息子さんの3人家族だったんだけど
ものすごく朗らかで、素敵な人たちで。
ご主人なんて、広島にちょっと縁があったりしてね。
もう少し、知り合っていたいような、そんな気持ちに駆られて
居なくなっちゃうのが少し淋しい気さえした。

息子さんも「せっかくのご縁ですから、今後もぜひお付き合いを・・・」
なんて言ってくださって。

嬉しいような淋しいような・・
でも安住の地が得られたことは、ほんとによかった。




けれど、切ない続きもあって・・。

実は、息子さんから無理を承知で、と相談を受けたんです。

自分達が出た後に、まだ避難所に居る知り合いを
住まわせてもらうわけにはいかないか、と。

でも津波で家を失くした方が多い現状・・
大家さんからも、部屋の空き待ち状態が続いていると聞かされていたので
私の一存ではどうにもできず、ただ謝るばかりでした・・。



yesと言いたかった。
できるならば、父の住んでいないあの部屋を
多くの人たちの避難所にしてあげたいくらい。


もどかしいね。。
けれどこれが現状なわけで。


早く、全ての人々が安住の地を得られる時が来ますように・・。

ボランティアの心

昨日、今日と立て続けに、
埼玉と横浜に住む友人からメールが入りました。

「石巻にボランティア行ってくるよ!
ゆみちゃんの代わりに頑張ってくるよ!」

かたや、
「今日は荒浜の作業、行ってくる。
石巻のボランティアは締め切られてしまってたけど
行けるようになったら必ず手伝いに行くよ。」


嬉しいメールでした。


純粋に現地のことだけを想って動き出す人たちが、たくさんいます。

           ☆

ボランティアさんや、あらゆる支援に携わる人々を見るたびに思います。


現地の人々の本当の心は、経験しなかった者にとっては
どうやっても解り得ない。

けれど、それでも全ての活動は、「現地の人の心、在りき」
ということを、私たちは絶対に忘れてはいけない。



今日、これを読んで改めて肝に命じました。

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いつか きっと

明日から広島ではフラワーフェスティバルが開催されます。
(広島きてから、ちゃんと行ってみたことないけど・・)

フラワーは今年で35回目。
がれきの中から復興を成し遂げた広島市民によって
生み出されたお祭りです。

原爆犠牲者を弔うハチロクの「静」の儀式とともに
平和賛歌の「動」の祭典を、という願いがこめられているそうです。


広島人は、更地のようになってしまった街を復興させた。
だから、広島の人たちが言う、
「必ず人々は立ち上がるから」
「街がよみがえる日は必ず来るから」
という言葉には、すごく真実味があるし、重みがあります。



あの地震のあと、広島の何人かの私の知り合いは
そう言って私を励ましてくれました。
それがすごく嬉しかった。


広島人のこの言葉が、東日本の人たちの心に届く時が
いつかきっと来ると思っています。


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